株式会社オキシー
暮らしと水


カンガエコー太通信


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 金沢の町は用水とともに形づけられ、水とともに栄えてきました。用水の歴史は、そのまま金沢の歴史でもあります。農業用水、生活用水、工業用水、防火用水など、その役割は人の暮らしに根づいていました。犀川と浅野川を源とする用水の数は55、総延長は約150kmにも及びます。

辰巳用水

たつみようすい

【延長】約16.5km(近江用水、高岡町排水路区間を含む)
【完成年】寛永9年(1632年)

 いまから370余年前、金沢城内の殿閣をも焼失させた法船寺の大火を契機に、加賀藩三代藩主前田利常が城内の水確保の目的で発案しました。この命により工事責任者に起用された板屋兵四郎は、当時12kmにも及ぶ難工事をわずか1年足らずで完成させたといわれています。それまで城内の水は井戸水にたよっていましたが、用水を用いて犀川から水を引き入れることで、飲料水を供給するとともに、空堀を水壕にすることができました。
  さらに、この用水が特徴的なのは、低地から高地に水を引き上げるために逆サイフォン工法が用いられている点です。兼六園の曲水の主要な水源として利用されていることも有名。当時の土木技術の粋が窺えます。
  また、大正時代の頃には、水力発電施設として利用されたほか、昭和初期までは小立野の民家や商家で水車を用いて、農作物を洗ったり、精米していたといわれています。
  現在、官公庁街を貫く広坂通りを流れるせせらぎでは鯉が放流(4月上旬〜11月上旬)されており、市民の暮らしに潤いを与えています。

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